部活で遅くなった帰り道、彼はいつもとは違う 方向に重いペダルを踏んでいた。 帰宅ラッシュが一段落した住宅街は 街路灯が急に明るさを増し虫の羽音が 聞こえるほどに静かだった。 公園の角を曲がり、クリーニング屋の角を曲がって
彼は自転車に乗ったまま、アスファルトに片足をついた。
向かいの家の二階の窓にかかるレースのカーテンが夜風をはらみ その向こうに揺れる小さなシルエットを少女の影が横切った。 バレンタインデーのお返しに彼が贈った兎のモビールは
たしかに、彼女の部屋にあったのだ。
口笛も吹かず、笑顔も見せず、それでも彼の心は躍っていた。 汗にまみれた空腹な少年の高速走行にシャツの背中がはためいた。
丘の住宅地から古い家並みの麓の町へ、下りの終わりが見えてきた。