モビールブログ · 8月 12, 2009

モビールに将来はあるか

過去も現在もないモビールには将来しかありません。モビールが面白いのは大きな可能性を秘めて
いるのに、誰もがそれに気づいていないことだろうと思います。

総理大臣になる前の小泉さんを見て彼が総理大臣になるなどと本気で思っていた人等いなかった ようにモビールもひょっとすると10年後の識者達から立派な理由をつけられて全国の家庭に 入り込んでいるのかも知れません。誰もが気付かなかっただけで実は小泉さんには総理大臣に なるだけの資質がありました。政治も社会も旧来の仕組みや価値観から脱却しなければ崩壊して しまいかねないほどに疲弊していました。ひるがえってモビールには世の中へ浸透していくだけの

力があるのでしょうか。世の中も又モビールを受け入れる準備をととのえているのでしょうか。

まずはハード面について考えてみましょう。日本の床も壁も物で埋めつくされていて、残されている のは空間だけという現実があり、マンションとか20坪の一戸建てとか閉鎖された住環境に安らぎを 覚える(覚えざるを得ない)価値観が全国的な規模で共有されている現実があります。 ソフト面はといえば生活パターンが合理化され画一化された故か、どの部屋もこの部屋も同じように 綺麗で明るくて素敵な部屋ばかりになってしまいました。個性化や差別化を言いながら、さして

変わりばえのしない同じような部屋に何の違和感もなく住んでいるのが現実みたいな気がします。

でも、人々が口にする個性化や差別化が単なる枕詞やある種のファッションみたいなものではなく 現代社会の本音であるのなら多少の時間はかかっても時代はその方向に流れていくに違いありません。 つまりテレビやクーラーや絵や皿や壺を競い、壁面を埋めつくす書籍やワインを競った時代が終わり その部屋の住人の個性を表現し演出する時代が来るとするのなら競うのは物にすり替えられた 経済力ではなくて、その人の知性や感性や教養・人格といったより本質的な部分に変わってくる

のではないか、いやきっと変わってくるに違いないと言いたいのです。

そこまでくればモビールにもそれなりのチャンスが訪れない筈がありません。勿論モビールでは なくて花でも書でもいいのですが、何かしら住人の本質的なものを感じさせる、或いは遊び心とか いたづら心とか、普段表では見せない一面をさらけて見せる本当の意味での個性的で クリエイティブな部屋づくりが当たり前になる時代がくれば、モビールに興味を示してくれる人達 だってかならず現れるに違いないのです。 その兆しは既に現れています。現代はコンクリートの箱の中で暮らす時代なのに自然回帰を言い ガーデニングやベランダ菜園やメダカの水槽に熱中する人々があっちにもこっちにも溢れています。 でも悲しいかな、どんなに自然回帰を願っても総ての人が夢を叶えられるわけではありません。 季節によって建具を入れ換え軸を掛け換え、欄間や敷物をとり換えられるわけではありません。 でもでも、気付いて貰えさえすればそんな大多数の庶民にとってモビールは格好の小道具として お役に立てます。誕生日や結婚記念日や節句やクリスマスやちょっとした行事の雰囲気を

盛り上げるためにも結構お役に立てそうです。

ここまでは納得して頂けたでしょうか。もう少しつき合って頂けるようなら拍手と報酬を得るための
手順についても触れてみたいと思います。